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革命的なノスティック サマエル・アウン・ベオール

 投稿者:叡智のインストラクター  投稿日:2018年 4月15日(日)20時17分21秒
返信・引用 編集済
  本文


もし、

あなたが

『本当に根本的な変化を心から望むならば、

あなたは、ノーシスの秘教的ワーク=エソテリック・ワーク=を正しく評価するのは緊急に必要です。


さらに、

ノーシスの秘教的ワークを理解し、ノーシスの秘教的ワークの真の価値を認めるのも絶対に必要です。




あなたは、隣人・人類を愛することを知り、ノーシスを学び、ノーシスの教えを全ての人々に伝えるのは絶対に必要です。

もしも、あなたがそうしないと、あなたはエゴイズム=利己的になってしまいます。』



『自分自身=あなたの中に生きている複数の悪魔・我=に働きかけるノーシスの秘教的ワークに打ち込みながら、

ノーシスの教えを他人に伝えることをしないのならば、あなたは隣人愛・人類愛の不足によって、

あなたの内的な進歩はとても困難になります。』




『与える者は受け取ります。

より多く与える者は、より多く受け取ります。

しかし、

何も与えない者は、持っているものまで奪い取られます。


それが宇宙の法というものです。』


サマエル・アウン・ベオール










2018・04・15日


 
 

エゴ監視のプラクティス

 投稿者:叡智のインストラクター  投稿日:2018年 2月 3日(土)17時19分1秒
返信・引用 編集済
  エゴ監視のプラクティス    講演 サマエル・アオン・ベオール


エゴ監視は100%能動的です。

エゴ監視は自己変革の手段です。

エゴを知るということは能動的ではありません。

エゴを知ることは自己変革の手段でもありません。



知るという行為は確かに、注意を伴う行為ではありません。

私達の内部で起こっていることに向けられた注意はもちろん積極的であり、能動的です。

自分自身の内部に向けられた注意はもちろん積極的であり、能動的です。

「(しばしばこれといった特別の理由もなく、ただそのように反感を抱く人の場合、マインドに群がる無数の思考が反感の原因であることに私達は気が付きます。

自分の中で支離滅裂に話し、叫ぶ声の集まりが反感の原因であることに私達は気が付きます。

彼らの言っていることが反感の原因であることに私達は気が付きます。

内部に生じる不快な感情が反感の原因であることに私達は気が付きます。

これらの全てが心理に残す悪い後味が反感の原因であることに私達は気が付きます。)」


「明らかに、そんな心理状態においては、反感を抱く人を心の中でぞんざいに扱っていることにも私達は気が付きます。

このことをすべて見極めるためには、私たちは受け身の注意ではなく意図的に内に向けられた注意を必要とします。」


活動的な注意=能動的な注意=は、監視する側から生じます。

思考と感情は監視される側に属します。

「以上の事実から、知るということは全く受動的=機械的=です。意識ある行為であるエゴ監視と対象を成すことが明らかに分かります」。


「機械的なエゴ監視は全く意識の目覚めには役立ちません。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
霊=(意識・エッセンス)=を奪いかへし救済し、闇の中から連れ出すことは美しいことです。しかし、容易ではありません。

普通、霊=(意識・エッセンス)=は囚人の状態です。

エッセンス=意識=霊=がエゴの中に囚人として閉じ込められている限り、私達は悟りを得ることは出来ません。
(ですから事態は深刻です)。

この場合、哀れな霊=(エッセンス・意識)=を
1.解放できるように。
2.闇(エゴ)の中から連れ出して、救い出すように。
大戦争においてのナポレオンを上回る英雄的行為をもって、
自由の為の戦いにおけるモレロスの英雄的行為=比類なきその英雄的行為=などの様に、
勇ましく必ずエゴを破壊し、崩壊させる必要があります。

何よりも先ず、悟りを開くため、霊=(意識・エッセンス)=を囚人の様に閉じ込めているそれらの「要素」=(エゴ)=を崩壊する方法・テクニックを私達は知る必要があります。


エゴを崩壊する方法の中でも 「エゴの監視法」 を知る必要性を理解することから始める必要があります。

例えば、私達はここに座っています。

私達全員はこれらの椅子に腰かけていることを知っていますが、椅子をまだ監視していません。

第一のケースでは椅子に腰かけていることを知りますが、椅子を観察詩監視するのは、もう異なります。

このケースでは知ることはありますが、観察・監視はありません。



観察・監視は特別の観察を必要とします。

椅子は何から出来ているかを観察し、次に、その原子・分子などを発見する為に瞑想に入りますが、これは注意を向ける必要があります。(目覚めた意識の注意のことを指しています)

異種に腰かけていることを知ることは、注意を向けず受動的注意です。

しかし、椅子を観察すること。監視することは(目覚めた意識の)注意を向ける必要があります。


そのように私達も自分自身について大いに考えることが出来ますが、それは私達自身の思考を観察すること監視することを意味しません。

思考することと思考を観察すること・思考を監視することは違います。異なります。



私達は低級感情の世界に生きています。

どんな物事も私達に低級感情をもたらします。私達が低級感情を抱くことを私達は知っています。


しかし、

否定的な感情状態に私達があることを知ることと、自分が陥っている否定的感情の状態を観察・監視することは別問題です。全く違うものです。


例を一つ上げましょう。

或る時紳士が心理学者に言いました。「私は特定の人物0000さんに嫌悪感を抱きます。」

心理学者「観察してください。その人を」

紳士「でも、その人を知っているなら何のためにその人を観察するのですか?」

その紳士は観察したがらないでいます。

紳士は知っていても、観察していないのです。

「知ること」と「観察すること」は全く異なるのです。別問題です。

自分が否定的思考を抱いていることを知ることは出来ても、知ることは観察していることを意味していません。

否定的状態にあることを知っていても、否定的状態をまだ観察していません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『注*人間学研究&実践ノーシス協会 インストラクターの説明

意識が眠っている状態でも誰でも自分がネガティブな思考をしていることを知ることが出来ます。
しかし、
意識が眠っている状態では自分のネガティブな思考を観察することは出来ません。

正しい役に立つ観察はエッセンス(=意識)のみがなすことが出来る行為です。

普通、人は意識の眠った状態でエゴがエゴの思考を観察しようとしますが、それは役に立たない偽の観察です。
つまり自分では観察しているつもりの自己満足の偽りの行為なんですね。
エゴのネガティブな思考を知ることが出来ても、自分のネガティブな思考がどのような動物の姿をしているかを見ること=観察=が出来ていません。潜在意識のレベルでどのようにネガティブな思考が存在しているか見ること=観察=が出来ていません。

見ること=観察=のためにはエッセンスが機能する必要があります。

エッセンスの機能の一つに透視力=』 クリエイティブなイマジネーション=宇宙的空間感覚=四次元を知覚する能力=透視力=観察力=が必要です。

意識が目覚めている状態=自意識状態=自己想起状態=第三の意識状態=注意力を三つの分野に分割するワークを完璧に正しく実践して自分のエゴとも同一視しないで、さらに五感を通じて入ってくる宇部手の刺激・印象とも同一視しない状態を作り上げてその状態で初めて自分のエゴを正しく観察できます。

知ることと観察することの違いを簡潔にお伝えしました。

人間学研究&実践ノーシス協会 インストラクターの説明はここで終わります。』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


本文に続きます。

実生活では、私達の中に恥ずべき物事が沢山あります。

馬鹿げた喜劇、おかしな心の問題、病的妄想など。

それらを自分が抱くのを知っていても観察していることにはなりません。

「確かに、たった今、病的妄想を抱いている。」と誰でも言えます。

しかし、

抱いていることを知っていることと観察すること、監視することは全く異なります。

ですから、自分自身の『』よくない心理要素』を取り除きたいのでしたら、変化を実現するために、

まず第一に  『観察法を学ぶ必要があります。』

あなたがエゴ観察の方法・エゴ監視の方法を学無ならば初めてあなたは変化の可能性があります。


エゴ観察の方法・エゴ監視の方法を学び実践していく時にあなたは初めてエゴ観察の感覚・エゴ監視の感覚=(クリエイティブな想像力=宇宙空間感覚=透視力=四次元の能力=エッセンス=意識の機能)発達していきます。


まず、最初の視点として心の中に次々と脇おこり、決して表に出ない最もつまらない思考や最も馬鹿げた喜劇でさえ自分(魂=エッセンス=意識)のものではなく他人=「我」=が作り出したものであることをエゴ監視=エゴ観察=によって証明するようになります。


深刻なのは、それらの喜劇や、馬鹿げたことや、怒りや、嫉妬や肉欲などが自己(魂・意識・エッセン)からのものだと同一視してしまっていることです。

あなたがそれらの極端の心理状態ト同一視してどっぷりつかっているならば、その源の『我』は力をますます増していってしまうので、あなたは『我』を取り除く可能性をますます失っていきます。エゴの溶解は厳しくなります。

ですから、
私達が根本的な反歌をもたらそうとする時、正しいエゴ観察・正しいエゴ監視は絶対に必要なのです。



私達の心理内部に住んでいる『我』は極めてずる賢いです。


インテレクチャル・センターにあるその記憶「フイルム」二しばしば訴えます。


例えば、

かって、誰か他の異性と姦淫していて、肉欲の『我』を溶解しようと、あなたする時、その肉欲の『我』は訴えて、記憶センター・インテレレクチャルセンターを占領するでしょう。

『我』はそこで必要とする記憶『フイルム』を摑み、その異性の空想を通過させて、肉欲の『我』を活気づけますます強くさせるでしょう。


この事実から私達は

自分のエゴ観察必要性、自分のエゴ監視の必要性を理解する必要があります。


私達が自分のエゴ観察の方法=エゴ監視の方法=を学んで初めて本物の根本的な変化=決定的な変化=が可能になります。

学ぶ以前での自分自身の根本的変化は不可能です。


自分のエゴを知ることは自分のエゴ観察・エゴ監視ではありません。

自分のエゴについて考えることも自分のエゴ観察・エゴ監視ではありません。


自分自身=自分のエゴ=について考えることはエゴ観察することだと多くと火とは信じていますが、そうではないのです。


自分自身=自分のエゴ=について考えることは出来ても、それは観察していません。



喉の渇きと水が異なるように、自分自身=自分のエゴ=について考えることと観察することは異なります。



自分のエゴを観察(=監視)するためには、自分を二つに分ける必要があります。


観察者の部分(観察する者=エッセンス=解放されている自由なエッセンス=意識)と

観察対象の部分(観察されるもの)=『我』=我が表現する動作、手振り、態度、仕草、身振り、等すべてのもの。


観察する部分(エッセンス)が観察される部分(複数の我)のおかしさ、愚かさを観る時、

自分はその「我」ではなく、

「我」は「我」であることを発見する可能性が今までになくあります。

そうすると、

(その我が怒りの我だとしますと)

「」







あと続きます。およそ7ページぐらいも長いです。










 

サマエル・アオン・べオールの使命

 投稿者:叡智のインストラクター  投稿日:2018年 2月 1日(木)14時10分19秒
返信・引用
  (以下の記事は人間学研究&実践ノーシス協会インストラクターのメモです)


サマエル・アオン・べオールの使命

ゴウダマ仏陀はエゴ溶解と高次の神聖なる性=(グラン・アルカーノAZF)を人類に教える目的で地上に降臨しました。


グランとは偉大なるという意味です。

アルカーノとは秘密=奥儀=神々の奥深い教え=という意味です。


グラン・アルカーノとは偉大なる神々の教え=秘密=という意味になります。



イエス・クリストも人類にエゴを溶解して純粋な愛を人類が培えるように

高次の神聖なる性=(グラン・アルカーノAZF)を人類に教えるために降臨しました。


サマエル・アオン・ベオールは

白ロッジの最高のマスターのイエス・クリストの命令で

人類の第五番目の時代の人類(アーリア時代の人類=つまり今のわれわれの人類)の救済のために

エゴ溶解の具体的の方法と秘密にされてきた神聖なる高次の性の秘密を


一般の人々にも無償で公開する人類歴史上初めての使命を果たすために1917年地上に降臨して1977年に使命を全うして肉体を去りました。


サマエル・アオン・ベオールは

もうじき来るであろう第五の時代の大破局の前に人類救済のため再度肉体をもって地上に現れる

第五の時代=21世紀に生きる人類の救世者です。


サマエル・アオン・ベオールは100%意識の覚醒した白ロッジの=ロゴス=超人=です。


聖書の黙示録の第五番目の天使!それがサマエル・アオン・ベオールです。


サマエル・アオン・ベオールは

完全なる意識覚醒者=宇宙白愛結社のマスターですので数多くの神秘体験をなしています。

真理も数多く体験しているので福音書・聖書の奥深い意味は解読しています。



福音書は一般の人々へ向けて書かれたのではなく

奥義参入者が奥義参入者に書いたシンボリックスに書かれた高次の『神聖なる性の錬金術の書』です。



『創世記』はまさしく高次の「神聖なる性の錬金術書』であり、又『黙示録』も高次の「神聖なる性の錬金術書』です。

すべて秘密の部分はシンボルで書かれているので

『意識の覚醒している人だけが理解できる秘密の書』です。



白ロッジの最高のマスターで

ノーシスの世界のインストラクターであるマスター・イエス・クリストが

十字架の死後に復活しその後70人の高弟子たちに11年間教えた難解な奥義書

『PISTISSOPHIA=ピスティス・ソフィア=エッセンスの智慧』を解読し人類に初めて届けたのも

サマエル・アオン・ベオールです。



又、

サマエル・アオン・ベオールは四つの福音書の深い意味も完全に覚醒している意識状態で解読して

地球上で今ノーシスを学ぶ者達にに手渡しています。




宇宙の全ての出来事を普遍的に記録している『アカシック・レコード』も

サマエル・アオン・ベオールはすべて解読しています。



『タロット』はすべての神の智慧が隠されていて、

聖書に出てくる預言者エノクが石に書き人類の残したがその意味を人類は解読できないでいた。

そのタロットをサマエル・アオン・ベオールは覚醒した意識で判読し解明し

『22の神聖なる性の秘密の書=性の錬金術の書=自己実現に至る神聖なる高次の性のイニシエーションの道』であると

タロットを解説して人類史上初めて人類にタロットの秘密を明かしました。



『カバラ=生命の木』も人類にとっては難解で真の意味を解明する者がなく

長い時間そのままにされていました。

サマエル・アオン・ベオールは

完全に覚醒した意識でカバラを解読し10のセフィロトをすべて分かりやすく説明しています。

これも人類史上サマエル・アオン・ベオールが為した偉業の一つです。



サマエル・アオン・ベオールのノーシスコースの上級クラスではこの『タロット』も

『カバラ=生命の木』も『黙示録』も『創世記』もその深い真の意味を生徒たちに教えていきます。






特記すべきサマエル・アオン・ベオールの転生と偉業が二つあります。


一つは

レムリア時代にサマエル・アオン・ベオールは高次のせいを実践してエゴも溶解して不老長寿の賢者の石を作り上げた太陽人間=超人として生きました。



二つは

アトランティス時代も賢者の石を作り上げて超人=太陽人間=白ロッジのマスターとして生きて、

あの有名なノアの洪水=ノアの箱船の物語はアトランティス時代の天変地異でした。

聖書の創世記の第五章から第十章に書かれている天変地異です。

その時にサマエル・アオン・ベオールは生きていて

聖書のノアを助けて

その当時神聖なる性のワークを実践してエゴの溶解に精進していた清く・正しく・美しく・

今を生きていた神の系統の人々(ノスティック達)を

大西洋の真中にあったアトランティス大陸から今の地球のアフリカ大陸へ避難を導き、

さらにアフリカ大陸を横断し、アジア大陸をも横断する多くの時間を費やしながら、

多くの苦難を克服しながら、今のアジアの中央のゴビ砂漠まで

聖者預言者ノアと共に民(性エネルギー昇華をなしエゴの溶解に精進していた清く・正しく・美しく今

を生きていたノスティック国民)を導いた白ロッジのマスター指導者です。

その後、今の第五の時代のアーリア時代が始まったわけです。




ですから

サマエル・アオン・ベオールはアーリア時代の最初に生きていて国民を導き、

アーリア時代の人類第五の時代の天変地異の時に

神聖なる高次の性のワークで働きエゴ溶解にも精進する人々を救済する使命を持って

21世紀の人類の救世者として

エジプトのピラミットの秘密の部屋の中に前世「古代エジプトのファラオ」として生きていた肉体を

ミイラとして遺していたので、そのミイラーを使って再び肉体で地上に現れます。




サマエル・アオン・ベオールは

前の転生ではイエス・クリストが降臨する紀元前にローマ帝国の基礎を作ったルビコン川を渡った

ジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)でした。

エジプトの女王クレオパトラとも結婚していました。






その同じ魂が

21世紀の人類の救世のメッセージ=『ノーシス』=を第五の時代のアバター(神の化身)として

伝達しました。








サマエル・アオン・ベオールはまた古代エジプト時代にファラオとして生き当時の古代エジプトの民衆を叡智へと導いていました。







その古代エジプトのファラオが今生地上に転生したサマエル・アオン・ベオールの使命は第五の時代のアバター(神の使者)として


人々に『高次の神聖なる高次の性の秘密』を公開して


人々が自分のエゴを溶解することが出来るように



『具体的なエゴ溶解の方法』を伝達することでした。










人間学研究&実践ノーシス協会インストラクターのメモでした。
 

洗礼と結婚 第二部   著 サマエル・アオン・ベオール

 投稿者:叡智のインストラクター  投稿日:2018年 1月25日(木)16時07分48秒
返信・引用 編集済
  ハート(本質的存在)の価値に従って、性の火は脊髄管をゆっくりと上昇する。

心臓の火は愛の炎の奇跡的上昇を巧みに支配する。

性愛の炎は、真剣だが間違った多くの人が考えるように機械的なものではなく自動的なものでもない。

この蛇の火は、愛に満ちた真実の性の喜びで覚醒する。

性愛の炎は、個人的な打算や都合で結びついたカップルの脊髄管を決して上昇しない。

聖なる炎は、不倫する男女の背骨を上昇しない。




サマエル・アオン・ベオールの洗礼と結婚の講演。↓


実際、言葉を聞くことと自分の中で言葉を実行することは別問題です。

何故なら、言葉を聞くことは出来ても、言葉を実行することは出来ないからです。

言葉を聞いて実行しない人は、鏡に映った自分の姿を見てから背を向けて、引き上げる人間に似ています。

言葉を聞くだけでは不十分です。実行する必要があります。それが基本なのです。

結婚の遺蹟と極めて関係の深い遺蹟があります。

それは洗礼の遺蹟です。

洗礼の遺蹟は大切です。


カトリック正教、ロシア正教、アルメニア正教、ユダヤ教、ラマ教、イスラム教多くの宗派にも洗礼の遺蹟があります。

誰かがそれらの宗派に入る時、いつも洗礼を受けます。

正統宗教は七つあり、宗派は無数あります。

明らかに最重要なのは正統宗教です。

何故ならば二つのサークルが見られるからです。

エクソテリック(公教)=パブリック(顕教)とエソテリック(秘教)=シークレット(密教)があるからです。










 

洗礼と結婚 著 サマエル・アオン・ベオール

 投稿者:叡智のインストラクター  投稿日:2018年 1月25日(木)11時28分34秒
返信・引用 編集済
  著  サマエル・アオン・ベオール  EL BAUTISMO Y MATRIMONTIO  洗礼と結婚

化学的交合、形而上学(けいじじょうがく)的性交、それは一点の陰りもなく、理想の頂点に輝く。

純粋な恋は決して性と分かれていない。

性行為は、確かに私達の本性の現実の愛の同質化である。

錬金術師によれば突きを太陽に変換すべきだという。

火をもってそれが初めて可能となる。

火は完全なる結婚の愛に満ちた婚姻でしか燃え上がらない。

洗礼の堅い基礎は、疑いもなく「サハジャ・マイトウナ」性魔術にある。

洗礼の水を受ける前、性ヨガ、性魔術の十分な情報は志願者に必要だった。

洗礼を受ける前に、ラーマはビスバミトラから予め情報を与えられ得ていた。

このようにしてラーマは性能力と超性能力の科学を知った。

最初の瞬間の清水の科学的変換には洗礼の鍵がある。

洗礼の秘蹟自体、深い意味に満ちている。

それは、性的な約束である。

洗礼は現に、性魔術の契約を結ぶのと同じことである。

ラーマは、この恐るべき契約を守る術を知っていた。

巫女である妻と性魔術=サハジャ・マイトウナを実践していた。










洗礼と結婚の第二部へと続きます。
 

封じられた書物・ヨハネの黙示録の高次世界での秘教的研究。第一部・第9章 テアテラの教会

 投稿者:叡智のインストラクター  投稿日:2018年 1月20日(土)18時54分5秒
返信・引用
  第一部・第9章 テアテラの教会  著  サマエル・アオン・ベオール


蛇の火が心臓の高さに到着する時テアテラの教会が開く。

祈りと奥深い内なる瞑想によって穏やかな心臓のチャクラが発達発展する。

心臓には七段階の火の力に対応する七つの聖なるセンターが存在する。


心臓は愛の至聖所である。


官能的愛に注意しなさい。

聖なるエクスタシーと、ある利己的な愛とを混合してはならない。



愛は明けの明星と同じぐらい純粋である。

愛は普遍的である。

愛は非個人的で言葉で表せず、無私無欲である。



慈悲深くありなさい。


私達が他人の宗教を批判する時、クリスト教の慈悲に反する罪を犯す。


敬意と尊敬の念を培いなさい。


人の信仰を敬いなさい。

隣人の宗教を敬いなさい。


君のような考えを他人に強制しようとしてはいけない。


批判するのはよそう。


一つ一つの頭が世界であることを思い出そう。

クリストの慈悲に反する罪をそれ以上犯してはならない。


人類は分かれ、さらにグループに細かく分かれる。

各グループはその特別の教義体系を必要とする。

そのスクール、宗教宗派を必要とする。

(それらは聖者の戒律である)。


他人を批判する時安らかな心の法を犯す。



哀れにも苦悩する人類のために最後の血の一滴まで与えることが出来るならば、君は私達の一員である。


イニシエーションの高みに到着したい者は、至高の生贄(いけにえ)の祭壇に載った子羊になるべきである。


憎む者を愛いし、鞭を打つ者の深く愛すべき手にキスし、辱(はずかし)める者のサンダルをきれいにする必要がある。


哀れな乞食が君を食事に招待するなら、一緒に食事しなさい。

その哀れな乞食は兄弟であるからである。

ライ病患者がパンをちぎって一切れ差し出すなら、その哀れなライ病患者は兄弟なので受け取って食べ、見下してはいけない。


常に最後の人になりなさい。

一番を望んではならない。

最後の席に着き、決して最初の席を占めてはならない。


君は哀れな罪人に過ぎないことを思い出しなさい。

秘密に存在する君の父のみが完全なので完全だと自惚れてはならない。

内なる神は栄光に満ちているが、君はちうぃ這(は)う哀れのミミズに過ぎない。

君は完全ではない。


隣人に恨みを抱いてはならない。

隣人も完全ではないことを思い出しなさい。

恨みを抱いても行けないし、復讐心に燃えてもいけない。

愛し、許し、鞭打つ死刑執行人の手に優しくキスしなさい。

あの光の偉大なる主が霊の中に蘇(よみが)るよう「我」を全滅させる必要がある。



兄弟姉妹、光の衣を着なさい。

安らかな心臓の十の神秘音を聞きなさい。


第一の声は、生命が発生するよう『創世記』の水に創造力を吹き込む人の子の声のようである。


第二の音はチンビ二の音である。


第三の音は宇宙の大鐘の至高の声であり、閣員の内なる光線から生じる。


第四の声は大地の内なる轟きであり、その重々しいバイブレーションは各人の体内で繰り返される。


第五の声はリュートの快い音のようである。


第六の音は、一輪一輪の聖なる聖杯の中に鳴り響く、言語に絶する神々のシンバルである。


第七の音は、魔笛の音で、汚れなきメロディーによってニルバーナの園の至福に導かれる。


第八の音は、大太鼓の音である。


第九の音は、ダブルドラムのエキゾチックな変奏曲の音である。


第十の音は、〈黙示録『』の神の〉声を繰り返し言う七つの雷鳴(らいめい)である。




ゴルゴタの丘で張付けられ、第九時(午後3時頃)私達は大声で「父よ。我が魂を御手に委ねます。」

(『ルカ』23:46)ト叫ぶ。


第九時の至高の瞬間が、恐ろしい稲妻と言葉と声と雷鳴の中訪れる。七つの雷鳴は神の声を繰り返し言う)。


「我」、自我、エゴの至高の死を通った者だけが第七の言葉の発音の仕方を知っている。


サタンとの戦いは凄まじい。


女性は常にイニシエイト達の墓を一個の大岩(賢者の聖石)で閉じる。


苦痛の至高の槍は偉大なるイ二シエイト達の心臓を貫き、その傷から血と水が流れ出る。



大作業の原料は聖なるワインである。


奥深く内面で心臓の蓮について瞑想すれば十の神秘な音を聴くであろう。


タットワ・バユーをコントロールし、風とハリケーンを支配する力を授かるであろう。


心臓の蓮は聖霊の火で輝く十二弁の花弁を持つ。


心臓チャクラの中に言葉で表せない漆黒(しっこく)の六角形の空間が存在する。

ベートーベンの交響曲の様にテアテラの教会の十の神秘の音が鳴り響く。

マハバンとチョタバンの偉大なリズムは宇宙の歩みをしっかりと支える。

火のリズムは宇宙音域の妙なるハーモニーの礎(いしずえ)である。

もし君がエクシタシーの間ニルバーナ―を訪れるなら、火のリズムに従ってそこで歌う聖なる義務を果たすべきである。


そのように君は言葉で私達を援助する。

宇宙は言葉で維持される。



内界を意識をもってトリップする方法を学びたいなら心臓チャクラを発達させる必要がある。



クリストまで到着したいのなら欲望を殺しなさい。



レモンの様になりなさい。


 

封じられた書物・ヨハネの黙示録の高次世界での秘教的研究。第一部・第8章 ぺルガモの教会

 投稿者:叡智のインストラクター  投稿日:2018年 1月18日(木)11時17分54秒
返信・引用
  第一部・第8章 ぺルガモの教会  著  サマエル・アオン・ベオール

世界の母神の祝福された母胎はエデンの園である。

私達は性の扉を潜(くぐ)ってエデンの園を出たので、その扉を潜って初めて入園できるであろう。



エデンの園には日本の千年樹=善悪の知識の木と命の木がある。

『そこで女が見ると、その木は、誠に食べるのに良く、目に麗しく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。

そこで女はその実を取って食べ、一緒にいた夫にも与えたので、夫も食べた。

このようにして、二人の目は開かれ、それで彼らは自分達が裸であることを知った。

そこで、彼らは、イチジクの葉を綴(つづ)り合せて、自分たちの腰の覆(おお)いを作った。(『創世記』3:6・7)


1800万年が経過し、いまだに私達は裸である。

エデンの園に戻りたいのなら、火の王メルキセデクの位に従って自然の王の衣装と司祭の祭服を着るべきである。


ぺルガモの教会は火の教会である。

このチャクラは、幸せ溢れる十弁の極めて美しい花弁を持つ見事な蓮華である。

へその部位に位置していて、肝臓、胃などを支配する。

色は、稲妻、雷光や、列火に満ちた雲の色のようである。

このチャクラの中に三角形の空間がある。

その言語に絶する空間には火の層がある。

タットワ・アグ二の層。


このチャクラについて瞑想するなら、燃えずに火の中を歩けるだろう。

このチャクラを発達させる者は火を恐れず、まる数時間火の中に留まることが出来るであろう(燃える火の中のダ二エル。『ダ二エル書』3:23・24・25・26・27)。


このチャクラについて瞑想する時エデンの園に入り込む。

そこにはまだ裸の人類を発見する。

神殿の兄弟姉妹だけが火の服を着ている。

このチャクラを発達させるなら火の王になる。

聖蛇我上昇して、へその高さに達する時に、ぺルガモの教会が開く。

腹部のこの見事な蓮について内面で瞑想する時、火を支配する力を授かる。



愛の神酒(しんしゅ)ネクタルデ魂の炎をかきたてなさい。



火は悪のゴミを燃やす。


君の霊の聖域から欲望の悪魔達を追い出しなさい。

君の霊は、愛に痺(しび)れてバラの香ばしい花弁の中に心地よく沈む露の滴(しずく)ト同じぐらい純粋であるべきである。

君の霊を「我」の罠(わな)から守り、欲望だけでなく欲望の木の影さえも殺しなさい。



クリスト二ックな精液が大作業の原料であることを思い出しなさい。


霊からあらゆる欲望を一掃しなさい。


純潔になりなさい。


あらゆる欲望を絶滅させたと確信しているなら徹底的に分析しなさい。


君の霊の深奥を探し、念入りに調べなさい。


「我」が別の意識レベルで君を裏切っているかも知れない。


感覚を支配しなさい。マインドを支配しなさい。

人生のあらゆる欲望を殺しなさい。

何も望んではならない。




(『黙示録』2:12・13・14・15・16・17)
「また、ぺルガモ二ある教会の(原子)御使いに書き送れ。『鋭い、両刃の剣を持つ方(人の子)がこう言われる(第12節)。

『私は、あなたが住んでいるところを知っている。そこにはサタンの座がある。(へその部位にはサタンの王座がある。それでもぺルガモの原子天使は忠実である。)しかしあなたは、私の名を堅く保って、私の忠実な証人アンテバスがサタンの住むあなた方のところで殺された時でも、私に対する信仰を捨てなかった。』」(第13節)


アンテバスは実在の人間出会った。主の福音を説いていた時暗殺されて殉教された聖人であった。あの暗殺場所は実際サタンの住処、サタンの会堂出会った。これは史実である。


へそのチャクラに核となる闇の原子が1個ある。

「我」はその原子と密接に関係している。

それはサタンの王座である。


「『しかし、あなたには少しばかり非難すべきことがある。あなたのうちに、バラムの教絵に奉じている人々がいる。

バラムはバラクに教えて、イスラエルの人々の前に、躓き(つまずき)の石を置き、偶像の神に捧げた物を食べさせ、また姦淫を行わせた。(第14節)


(これらすべての激情、情欲はサタンに属する。

へその部位にはサタンの王座がある。

胃の領域には大食、酔いなどがある)。

それと同じように、あなたのところにも二コライ派の教えに奉じている人々がいる』」。(第15節 )

(絶対的な純潔と聖性のみが私達を天使に変える。

二コライ派の人々は神殿の聖なるワインを零(こぼ)す。

ランプの油を浪費し、闇に留まる。

聖錬金術の実践で大作業の原料をまき散らす。

それが黒タントリズムである)。



「『だから、悔い改めなさい。もしそうしないならば、私はすぐにあなたの所に行き、私の口の剣を持って彼らと戦おう。』」(第16節)
(これはもう起こっているが1950年以来、言葉は炎の剣を持って彼らと戦っていることを知るべきである。

二コライ派の人々は奈落に沈みつつある。

恐ろしく邪悪な悪魔になり果てた)。



「『耳の或る者は御霊(おれい)が諸教会に言われたことを聞きなさい。

私は勝利を得る者に隠れたマナ(クリスティックな智慧のマナ)を与える。

また、彼に白い石(賢者の石、性)を与える。

その石には、それを受ける者のほかに誰も知らない、新しい名が書かれている』」(第17節)



その新しい名は私達の内なる神(人の子)の名である。



ぺルガモの教会を開くのに必要な美徳は純潔、忠実、信仰、父への従順である。


イニシエイトは大食漢でも大酒飲みでも姦淫者でもあるはずがない。


姦淫する二コライ派の人々は闇の魔の力を発達させる。



イニシエイトは節度を保ち、忠実、純潔、謙虚、従順デあるべきである。









次はテアテラの教会   です。


 

封じられた書物・ヨハネの黙示録の高次世界での秘教的研究。第一部・第7章 スルミナの教会

 投稿者:叡智のインストラクター  投稿日:2018年 1月18日(木)07時03分17秒
返信・引用
  第一部・第7章 スルミナの教会  著 サマエル・アオン・ベオール


スルミナの教会は前立腺チャクラ(女性は子宮チャクラ)である。

アパス、「水」はこのチャクラのタットワである。

「エジプトを出て紅海を渡るなら、君たちは全員神々になるであろう」。



神聖な男性は歌い、言語に絶する女性は歌う。

男女二人が歌う。

二人は諸世紀の崇高なオペラを歌う。

その光のオペラはエデンの園で始まり、エデンの園で終わる。

崇高な男性の声は英雄らしく、ぴかっと光る稲妻、巨大なの力を持つ雷鳴(らいめい)のように恐ろしい。

女性の声はモーツアルトの魔笛か大洋の人魚の妙(たえ)なる声と同じぐらい優しく、美しい。

このデュエット、言葉の愛に溢れるこの結婚は、命の水に創造力を吹き込む。



火の蛇がエデンの園の水面で呼吸する時、スルミナの教会が思考の厳かな轟の中で開く。


不思議な六弁の蓮を見つめるために、膝まずこう。

ナイルの蓮。

大洋の海の精ネレイス達のとまる前立腺(子宮)チャクラ。



祈り、前立腺(子宮)チャクラについて瞑想しなさい。

最愛の者がこのチャクラを目覚めさせる時、私達は水のエレメンタルの王になる。



前立腺(子宮)チャクラは、内界に住む全存在の本性を支配する明晰な意識を与えてくれる。



命の清水を掬(すく)って飲む者は二度と渇きを覚えないいだろう。

エデンの園の澄み切った清水は愛の聖鏡(せいきょう)である。


純白の白鳥は蓮華にとまる。

事前の快い甘いささやき、いちゃつきの中で愛の白鳥は目覚める。


(『黙示録』2:8・9・10・11)
「また、スルミナにある教会教会の(原子)の御使いに各送れ。『始めであり、終わりである方、死んで、生きた方が(金星のイニシエーションを受ける者全員に)言われる。(第8節)


私は、あなたの苦しみや、貧しさを知っている。(苦しみと貧しさはスルミナの教会を開くための基本条件である)。

―しかし、あなたは実際は心理的に富んでいる。ーまたユダヤ人と自称しているが実はそうではなく、かえってサタンの会衆である人達から、罵(ののし)られていることを知っている。(第9節)


あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはいけない。見よ。悪魔はあなた方を試すために、あなた方の内の或る人達を(苦しみの)牢に投げ入れようとしている。あなた方は10日の間苦しみを受ける(すなわち生まれ変わりとカルマの輪に縛られている限り苦しみを味合うであろう)。
死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、私はあなたに命の冠を与えよう』」(第10節)



命の冠を受ける者は、生まれ変わり(輪廻の輪)トカルマの輪から解放される。



命の冠は三位一体である。

三つの面がある。

ひとつめは「日の老いたる者」。

ふたつめは崇拝すべき子。

みっつめは大変賢明なる聖霊。




命の冠は太陽人間。

ユリアヌス帝がそれほど祝典を行った太陽王である。

命の冠は、それ自身深く未知なる絶え間ない永遠の呼吸、各人の固有の光線クリストである。


命の冠は、ケテル(父),コクマ(子)、ビナー(聖霊)である。

死に至るまで忠実な者は命の冠を受ける。


子羊の宴会では、命の冠を体現したあの聖人達全員の言語に絶する顔が、愛の太陽の様に輝く。

真っ白なテーブルクロスは、生贄(いけにえ)として捧げられた子羊の真の血で染まっている。

「『耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。
勝利を得る者は決して第二の死によって損(そこ)なわれることはない。』」(第11節)。


勝利を得ない者は最愛の者から離れて、奈落に沈むであろう。

奈落に入る者は第二の死を体験するであろう。



奈落の悪魔は幾永劫(いくえいごう)を通してゆっくりと崩壊していく。


それらの霊は破滅する。

勝利を得る者は、決して第二の死によって損なわれることはない。


「『死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、私はあなたに命の冠を与えよう』」(第10節)。



知る者には言葉を与える。


クリストを体現している者を除いて、誰もそれを発音しなかったし、誰も発音しないであろう。


命の冠を受ける時言葉は私達一人一人に受肉する。


金星のイニシエーションを達成する聖人は、皆命の冠を受ける。


われらの最愛の救世主イエス・クリストは、ヨルダン川で金星のイニシエーションを達成した。


「ことばは肉となって、私達の間に住まわれた。(私達はこの方の栄光を見た。

父のみもとから来られたひとり子としての栄光である)。

この方は恵みと誠に満ちておられた」(『ヨハネ』1:14)。



「光が闇に来ているのに、闇はこの方を知らなかった」(『よはね』3:19)。


彼は救世主である。


私達に命の冠を持って来て、私達のためにその血を捧げたからである。




命の冠を受けるため「我」の至高の消滅に達する必要がある。




私達の中で子羊を蘇(よみがえ)らせる必要がある。


復活祭(イースター)が必要である。







次はぺルガモの教会  です。








 

封じられた書物・ヨハネの黙示録の高次世界での秘教的研究。第一部・第6章 エペソの教会

 投稿者:叡智のインストラクター  投稿日:2018年 1月14日(日)05時35分1秒
返信・引用
  第一部・第6章 エペソの教会  著  サマエル・アオン・ベオール


エペソの教会は丁度、性器と肛門の間に位置している。

これは尾骨の教会である。

この教会内で聖蛇は、しんと静まり返った静寂の中に隠されて眠り、覚醒の瞬間を待つ。

驚異の蛇は、愛の不思議な魔法の最中覚醒する。

モーツアルトの「魔笛」は聖蛇の深遠な神秘を思い出させる。

エペソの教会は神秘の蓮華である。

この蓮華は四弁であり、エペソの教会について深く瞑想する者は皆地球の地下層に入り込む。

その時ノームやピグミーはその神秘を教えてくれる。

タットワ、プリトリ、「地」はエペソの教会で栄光に輝く。



リンガム・ヨニの神秘はエペソの教会に隠されている。

(『黙示録』2:1.2.3.4.5.6)「エペソにある教会の御使いに書き送れ。(言葉はエペソの教会)の原子天使に伝える。

『右手に七つの燭台を持つ方(人の子)七つの金の燭台(七枝燭台)の間を歩く方が言われる(第1節)。

(エペソの教会を開くのに必要な美徳)。私は、あなたのワークとあなたの労苦と忍耐を知っている。(忍耐はこの教会を開くための必要条件である。)また、あなたが、悪い者達を我慢することができず、使徒と自称しているが実はそうでないものを試して、その偽りを見にいたことも知っている。(第2節)。

(彼らは姦淫者であるからである)。(苦しみと忍耐をもってエペソの教会を開く)。
あなたは良く忍耐して、私の名のために耐え忍び、疲れることがなかった)(第3節)

しかし、あなた方には非難すべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった(第4節)。



(始めの愛は最愛の神、内なる神前後に絶する者である。霊が最愛の者を捨てる時、口では言えないような酷い目にあう)。それで、あなたはどこから落始めの行いをいなさい。ちたかを思い出し、悔い改めて、始めのワークを行いなさい。(姦淫せずに創造しなさい)。もしそうでなく、悔い改めることをしないのならば、私は、あなたの所へ行って、あなたの燭台をそのおかれた馬首から取り外してしまおう。(第5節)。

(人間が神殿の聖なるワインをこぼす時冒涜を犯す。その時日の蛇は過ちの大きさに応じて背骨を一つかそれ以上下降する。そのように燭台はおかれたところから取り外され、後悔と自責で心を痛める)。



しかし、あなたにはこのことがある。あなたはニコライ派の人々のワークを憎んでいる。私もそれを憎んでいる』」(岱節)。
しないが祭壇の聖なるワインをこぼす時、祝福された世界に母神はベールで凍を覆い、さめざめと泣く。その時最愛の者は十字架にかけられ、自然全体は恐れおののく。
聖なるワインとはベニヤミンの精液である。
ヤコブの最愛の子ベニミンの杯に含まれるその精液はワインと水の混合物である。

司祭が神殿のワインをこぼす時、満足した蛇は人間の原子地獄に向かって下降し、サタンの尾になる。

古代その冒涜を犯した巨人達が地上にいた。

カルタゴ、テュロス、シドンの都市もその罪で壊滅した。

カナンの住人もその冒涜を犯した。

ヴァルカン密議は裏切られ、人間は奈落に沈んだ。

それらはニコライ派の人々のワークであり、私もそれを憎んでいる」(第6節)。








次は第七章   スルミナの教会    です。







 

封じられた書物・ヨハネの黙示録の高次世界での秘教的研究。第一部・第5章 内なる奥深い瞑想

 投稿者:叡智のインストラクター  投稿日:2018年 1月13日(土)08時25分45秒
返信・引用 編集済
  第1部 第5章 内なる奥深い瞑想 著 サマエル・アオン・ベオール


神秘家が完全な状態を手にするところの七つの段階のエクシタシーがスーフィズム(イスラムの神秘グループの教え)
で描写されているのを私達は発見した。

スーフィズムはエクシタシーのスクールである。

そのスクールではエクシタシーの段階の位置が秘密と共に明らかにされる。

何故ならばエクシタシーの段階は神における内面の生活状況だからである。


天に行われる如く地にも、内なる父の安らぎの道において父の意志を行う必要がある。

この心地よい頸木(くびき)と一致することで、光に通じる狭くて細い困難な道に沿って私達は導かれる。



火の教職で作業する者は、皆、七つの教会での瞑想法を学ぶ必要がある。



神秘家は、いけにえとして捧げられた子羊に深く集中する必要がある。

チャクラ、円盤、車輪の覚醒を崇拝すべき方に嘆願しながら祈る必要がある。

嘆願後、空に避難所を求める必要がある。

マインドは静かに沈黙したままでいる必要がある。

マインドが沈黙している時、マインドが静かになっている時、悟り=エクタシーが到来する。

眠りと瞑想を組み合わせるとエクタシーが生じる。

神は空を満たすため空を求める。

エクシタシーには七段階のパワーがある。

第一段階は私達を教え導く火である。


第二段階はノーシス塗油式(とゆしき)であり、それは真理を体現するため霊全体に拡散しながら教え、補強し、準備するまろやかな太陽りキュールである。


第三段階は謙虚で誠実な弟子の神秘的な高揚である。


第四段階は悟りである。


第五段階は聖霊の美しい泉から放たれる神々しい優美さの内なる幸福である。

この歓喜は「連続意識」を持つ者の為のものである。


第六段階は「我」の斬首(ざんしゅ)である。


第七段階は金星のイニシエーション=私自身の中での人の子の受肉である。

恍惚、とろける状態、忘我、大喜び、キス、抱擁、変換などのような観照(コンテンブレーション)とエクシタシーの他の段階が存在する。

マインドが「空」の沈む時、子羊は一緒に夕食を摂るため霊に入る。

その「空」は最愛の者が君の霊の中で働いて、センターを目覚めさせ、驚くべき妙技を行うための手段である。

その「空」を通って神聖な夫が、楽園の初夜の床で霊と結婚するためにやって来る。



この道によって楽園のあどけなさに戻る。

その「空」に沈んだ霊は、精神的な殉教と内なる苦しみを首尾よく経験するであろう。

神は「空」を満たすために「空」を求める。

内なる奥深い瞑想は内なる身体に変化をもたらす。

その時意識覚醒が起こる。

全人類は眠った意識で超感覚世界に生きる。

瞑想は厳かな意識覚醒をもたらす。

その覚醒は夜の稲妻のようである。

意識覚醒は肉体の通常の睡眠中におこる。

身体が眠っている時私達は内なる乗り物で移動する。

身体が眠る時霊は高次元世界を旅する。

意識覚醒と共に夢を見るのを止める。

その時さらに一層起きている状態で内界に生きる。

それが「連続意識」と呼ばれるものである。



意識を覚醒させたものは高次世界で覚醒して生きる。



超感覚世界で言語に絶する光の神秘的至福を感じる。

あそこでは過去と未来は永遠の現在の中一緒になる。

無頓着の霊、無欲の霊の感じる喜びほど大きな喜びはない。

その時、永遠の神酒ネクタルを味わい、大密議の言語に絶するメロディーの中喜びに満ちて神殿の扉をくぐる。








次は第六章   エペソの教会   です。






 

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