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(無題)

 投稿者:大石メール  投稿日:2008年10月22日(水)22時51分46秒
返信・引用
  あい了解~!
みなさんお疲れ様!
今からレジュメつくります。
 
 

大学に進学すべきか否か?

 投稿者:銭谷  投稿日:2008年10月22日(水)16時45分6秒
返信・引用
  みなさん書き込んで下さいましたので、アンカーを務めたいと思います。

私は取り組みたい学問がない限りは、大学に行くべきではないと考えます。
確かに大学は学問をするためだけの場ではありません。しかし学問をする場であることは、大学を大学たらしめる必要条件です。就職活動やサークル活動をする場であることは副次的なものであり、必ずしも必要ではありません。それらは大学外部でも事足りるのではないかと思います。
ただ私は明確にどのような学問がしたいかまでを決めてからでなければ、大学に行ってはいけないとまでは言いません。文学、教育、法律、政経、理工など、漠然としたもので良いのです。大切なのは「学問をしたい」という気持ちです。その上で、就職活動やサークル活動に励むことは一向に構いません。芯の部分である学問が抜け落ちて、ただ就職に有利だからだとか、モラトリアムが欲しいからという理由で、大学に通うのは無意味ではないかと言いたいのです。そのような気持ちで大学に行くことは、大学の教員や研究のために大学に通う学生にとって迷惑となります。
たくさんの人々が集まる大学の中で、様々な経験を積むことはとても良いことだと思います。しかしそれを活かせるか否かは、その人の問題意識にかかってきます。問題意識とは即ち「学問(問いを学ぶ)」です。学問をする姿勢がなければ、大学でどんな出会いや経験があっても、ただの思い出として過ぎ去っていくことでしょう。それ故に学問をする気のない人間は大学に行くべきではないと私は考えます。

大石さん、まとめの方よろしくお願いいたします。
 

大学に~

 投稿者:百武  投稿日:2008年10月22日(水)13時57分42秒
返信・引用
   こんにちは。遅れてしまいました。すみません。金曜日はよろしくお願いします。それでは以下から。

  私も、大学に進学すべきか否かと問われれば、もし経済的その他の事情が許すなら進学すべきと答えます。
 行く必要のない理由と挙げられている、「大学は学問をする場であるが、その意識が学生には(また大学側にも)ない」という意見ですが、大学は学問だけをする場であるとは考えにくいです。当然、学問をしようという意識のある学生に対しては、大学では大いに間口が広げられていることは確かです。ただ、小学、中学、高校での学校生活を考えたとき、わたしたちは自分の程度にあった知識を学びなつつ、同時に日常生活や社会の中での知恵や経験を得たことは間違いないと思います。そしてその蓄積は、必ずやわたしたちが今生きていく上でのさまざまな事に働きかけていると思います。
 大学もそれと同じで、学問をしながら(しないのは困りものですが)経験や知識を積み重ねていけることと思います。それは未来につながっていくでしょう。もちろん早くして社会に出る人たちも相応のことを学んだり、体験をしたりして、それを生きていくことにつなげていくでしょう。しかしながら、大学という場は、ほかではみられないようなものの考え方や知識がひしめいている特殊な場といえるでしょうから、この場に身をおくことができるのならばしておかないことはないと思います。就職に関することも、同様の理由で解決できるのではないでしょうか。
 そのほかにも角田さんが書いてくださったような能力も、それ以外のものも育てていけると思います。したがって私は大学には進学すべきと思います。
 

大学に進学すべきか否か(改)

 投稿者:角田  投稿日:2008年10月20日(月)01時52分59秒
返信・引用
  すみません、下のは若干長いので、少し縮めました。
編集するときはこっちを使ってください。宜しくお願いします。


私は、大学に進学することは必要であると考えます。
確かに、昨今の学生は学ぶ意識が低いと言われても反論できないところもあるでしょうし、良い大学を出たからと言って就職が簡単になるわけでもありません。しかし大学に進学すれば、就職面も含めた様々なことにたいする視野が開けることは間違いないとおもいます。
確かに大学は学問をするところです。しかし学問とは、何かを研究したり大学院を目指したりすることだけなのでしょうか。
大学にはいろいろな学部が有ります。従って、いろいろな方面の知識を持った人たちが一カ所に集まっているのです。
サークルや授業、ゼミなどで違う考えを持ったたくさんの人と出会い、話を聞き情報交換をすると言うことは、大学で無ければできないことなのではないでしょうか。
たとえば私は古典芸能のサークルに所属していますが、芸能プロダクションに就職した先輩のお陰で、今まで観たことも無かった現代演劇に興味を持つようになりました。またプロの世界に交わることで社会の規則や礼儀作法などを学ぶこともできました。
決まった世界一辺倒という考えは就職には有利かもしれませんが、もしその職業が失敗してしまったら、その時柔軟な考え方で危機を乗り切ることができるでしょうか。
自分の知らない世界を知り、多様な『抜け道』を作り出す能力を育てるという点で、私は大学に行くことは必要であると考えます。
 

大学に進学すべきか否か?

 投稿者:角田  投稿日:2008年10月20日(月)01時45分47秒
返信・引用
  私は、大学に進学することは必要であると考えます。
確かに、昨今の学生は学ぶ意識が低いと言われても反論できないところもあるでしょうし、良い大学を出たからと言って就職が簡単になるわけでもありません。
しかし大学に進学すれば、就職面も含めた様々なことにたいする視野が開けることは間違いないとおもいます。
確かに大学は学問をするところです。しかし、それだけでしょうか。
学問とは、何かを研究したり大学院を目指したりすることだけなのでしょうか。
大学にはいろいろな学部が有ります。従って、いろいろな方面の知識を持った人たちが一カ所に集まっているのです。
サークルや授業、ゼミなどで違う考えを持ったたくさんの人と出会い、話を聞き情報交換をすると言うことは、大学で無ければできないことなのではないでしょうか。
たとえば私は古典芸能のサークルに所属していますが、芸能プロダクションに就職した先輩のお陰で、今まで観たことも無かった現代演劇に興味を持つようになりました。またプロの世界に交わることで社会の規則や礼儀作法などを学ぶこともできました。
大学は『就職』のための場所であるとは思いませんが、文字通りの『学問・研究』のみをする場であるとも思いません。
決まった世界一辺倒という考えは就職には有利かもしれませんが、もしその職業が失敗してしまったら、その時柔軟な考え方で危機を乗り切ることができるでしょうか。
自分の知らない世界を知り、多様な『抜け道』を作り出す能力を育てるという点で、私は大学に行くことは必要であると考えます。
 

陳謝

 投稿者:大石メール  投稿日:2008年10月19日(日)23時16分8秒
返信・引用
  ごめんなさい!超遅れました。勘弁。  

大学に進学すべきか否か?

 投稿者:大石メール  投稿日:2008年10月19日(日)23時14分20秒
返信・引用
  私は「大学に行く必要がある」という考えには、大いに疑問をもっています。
卒業生の大半が「就職」していく今日、学生から見て、大学側も企業の採用を意識した取り組みを試みていることを感じます。しかし、大学とは本来そのようなものなのでしょうか。企業の予備校なのでしょうか。そうではないはずです。大学とは、あくまでも学問をするところでしょう。にもかかわらず、就職する学生のサポートはしても、大学院進学や研究者育成には力を注いでいるようには見受けられません。学生側にしても、就職する際に有利なネームバリューばかりを大学に求め、「学ぶ」意識が低い学生があまりにも多い気がします。
しかも、有名な大学を出ればそれだけで就職できるのかというと、そうでもない。
たとえば、私の友人はマスコミ業界を目指して就職活動していましたが、大学以外にも専門のスクールに通っていました。司法試験にしても同じようなスクールや予備校がたくさんありますし、同様のことがいえると思います。

つまり、就職するにも適しているわけではないのに、学問をする学生もいない。どっちつかずで宙吊りになっているのが現在の大学の姿なのです。「就職」することが目的なのならば、その職業に適した専門学校に行けばよいのです。したがって、大学に進学する必要はないと思います。
 

遅ればせながら

 投稿者:大石メール  投稿日:2008年10月17日(金)22時59分39秒
返信・引用
  参戦させていただきます。大石です。
みなさんの奮闘してる様子がすごく伝わってきました…笑
ところで急な課題を失念していまして、申し訳ないのですがちょいと土曜の朝まで待ってください!本当に申し訳ない…。
時間がないなら繰り上げて次の方(角田さん)が先に書いてくださってかまいません。
よろしくお願いします。
重ね重ねすみません。
 

大学へ行くことは職業に繋がるか否か

 投稿者:銭谷  投稿日:2008年10月16日(木)21時12分59秒
返信・引用
  大学で専攻したことが活かせる職業に就ける人はそう多くはないでしょう。しかし教職をはじめ、大学に行かなければ取得できない資格もありますし、大学院に進学する場合も大学は卒業しなければなりません。ただそのように目的を持って大学に行く人は一部で、多くの学生が「大卒」の資格を得て就職するために大学に通っているのも事実だと思います。
私はそれはそれで良いのではないかと考えます。「高卒」の資格を得るためなら、大検に合格すればことは足ります。では何故多くの中学生が高校に進学するのでしょうか。それは高校という時間、空間において、高卒資格以上のものが得られるからだと思います。大学においてもそれは同じ、むしろ得られるものは高校以上かもしれません。ただしそれが実現できるかどうかは、個人の意思によって左右されます。
「大学へ行くことは職業に繋がるか否か」は、個人の意識の問題ではないかと思います。ただそれが「否」であっても、大学に行くことは無意味ではないと私は考えます。大学でしか味わうことのできない経験をしてきたのですから。

ちなみに私が「小学校で英語を教えるべきか否か」という議題を選んだのは、必修科目として英語を学ぶ高校生と、そうではない大学生での意見の違いがでるのではないかと思ったからです。
個人的には議題はむしろ好き嫌いがはっきりするものが良いのではないかと思います。
英語が嫌いな高校生は、色々と理屈をこねて小学校における英語教育を否定してくれることでしょうw
問題はそれが理路整然と、きちんと筋の通った理由付けになっているかということです。
その辺りは添削しがいがあるのではないかと…。
 

英語を教えるべきか否か

 投稿者:百武  投稿日:2008年10月16日(木)18時08分23秒
返信・引用
  この議題に関しては、教えるということがどのへんまでを言うのかが気になります。挨拶や日常生活でみるようなものの名前などは教えなくても、小学生なら教えずともおのずと知るようになると思いますし、たとえ中学生になってそれらの言葉を知らなくとも、特にハンデを覚えるものでもない程度の知識だと思います。このような知識をわざわざ推して教える事もないと思います。そうでなくて、海の向こうはどういう文化なのかしらと、そういったことについて身近に感じるように絶えず英語に触れさせておくのが肝要だと思います。生徒が中学生になって遠い、自分に関係のないものとして英語をみないようにするべきだと思います。でもそのために「英語」としてコマをとるかどうかは別だと思います。
議題とは少し離れてしまったかもしれませんが、上記に描いたような事なら是、中学でやるような事を小学校にもってくるのは否ということにしておきます。
 

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