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7月の歌会

 投稿者:しげさん  投稿日:2017年 7月25日(火)11時05分47秒
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  7月の歌会、夏ということでしょうね。参加者少なめでした。その分、多くの人の意見も聞けて、たまにはこんな感じもいいかなという気がしたのは、私だけでしょうか。
参加者が多いと時間が気になってしまうので、つい流れ作業のように進んでしまう気がします。今回の歌会ぐらい余裕があると、それなりに面白い場合もあると思いました。
基本的には、参加者がおおいほうがいいのですが・・・。
 
 

ご無沙汰です

 投稿者:nana  投稿日:2017年 7月20日(木)20時57分19秒
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  この暑いのに日曜日は歌会です ちょっと参加者が少ないようなので みなさんお誘い合わせの上おでかけください  

岡松雄、早崎夏衞

 投稿者:azzurro  投稿日:2017年 6月16日(金)05時30分39秒
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  岡松雄氏および早崎夏衞氏の履歴作り、行き詰まってしまいました。
早崎氏の没年を示すと思われる、岡松氏の加藤克巳氏宛ハガキを加藤氏の御子息に確認してもらおうと連絡を取ったのですが、今年3月まで7年かけて全資料をさいたま文学館に寄贈したとの返事を戴きました。さいたま文学館に問い合わせると、まだ全然手付かずで整理に今後何年かかるか分からないということでした。
岡松氏に関しては、氏の会社の謄本を取って、岡松氏の住所に手紙を書いたのですが、宛先不明で返ってきました。岡松氏のあとに社長に就任した方とうまく連絡が取れたのですが、30年も前のことで月日は覚えていないということ、ご子息は亡くなっているということをお教えいただきました。1984年に亡くなったことは確かということでした。以前『次元』にいた方で、詳しいことをご存知の方がいたらご教示願えないでしょうか。宜しくお願いします。
 

(無題)

 投稿者:buce  投稿日:2017年 6月 8日(木)20時47分2秒
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  terraさん、素晴らしいコメントに圧倒されました。

しげさん、同感ですと言いたいですが、まだまだ初心者感から抜けられません。
 

「平等」に賛成一票

 投稿者:しげさん  投稿日:2017年 6月 8日(木)08時19分0秒
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  terraさんの王道の回答、お見事だとおもいます。
だからこそ少し怖いのですが、だからといって何も言わないのでは何も始まらないし、進展も期待できなくなってしまうと思うのです。
だから私も、恥を覚悟で思うことを言わせてもらっています。これも勉強の一環ということで、ここは、いわば熾の身内のホームページでもあるので、熾きの人はここでは平等に「思うこと」をどんどん言っていいのではないでしょうか(ただし、人を攻撃したり排斥したりするため発言は勘弁してもらいたいですが)

 

buceさんへ

 投稿者:terra  投稿日:2017年 6月 5日(月)16時12分18秒
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  わたくしの歌へのコメントありがとうございました。ただ大先輩などと言われるととても困るのです。「歌はだんだん下手になる」って土屋文明が言ったそうですが、年齢だとか歌歴だとかは関係がない。歌の読者として一首の歌に向きあうとき、だれもが対等なのだと思うのです。  

terraさんへ

 投稿者:buce  投稿日:2017年 6月 3日(土)05時52分52秒
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  消失点の歌に過分なお言葉をいただき恐縮です。大先輩に私のような初心者がと思いましたが、今月号の3月の歌会報告にあった間々田のお歌がとても素敵だと思い、投稿させていただきました。
私は当日早退したのでどのようなコメントがあったのか分かりませんが、間々田という地名と、恐らく昼間の空席の目立つ電車の空気感が、とてもあっていて素敵だと思いました。
間もなく自分の席も空席に、、、いつかの沖さんの川を渡る人の歌を思い出しました。
 

早崎夏衛

 投稿者:azzurro  投稿日:2017年 5月19日(金)00時29分35秒
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  『新萬葉集』の早崎夏衞の履歴については、主宰も書かれていたのですね。未読でした。すみませんでした。それなら、加藤克巳氏の『個性』(昭和50年5月号)の文章「新芸術派の流れ」の「その人(早崎氏)が戦後筆を折り」という文を信じるなら、没年がわかれば早崎氏の簡単な履歴は出来上がることになると思います。加藤氏のこの文章の冒頭「岡松雄からのハガキでこの春早崎夏衞の亡くなったことを知って」の裏を取ればいいのだと(昭和44年早崎氏が存命だった傍証らしきものを見つけました)。
『個性』のこの号以後に早崎氏への追悼的な文は掲載されなかったのでしょうか。亡くなった月や場所がわかれば新聞で裏を取ることも出来そうな気がします。岡松雄氏の履歴も没年以外わかったので、岡松氏が経営していた秀英社へも連絡を入れたのですが、連絡が取れませんでした。2000年までは存続していたようですが、住所地にその会社はもうありませんでした。岡松氏の遺族の方の連絡が取れれば全て解決したかもしれないのに残念です。
 

早崎夏衛

 投稿者:azzurro  投稿日:2017年 5月10日(水)21時31分49秒
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  1938年6月刊『新萬葉集 第6巻』(改造社)に、早崎夏衛の略歴が載っていました。
本名:義一。35歳(ということは、1902~1903年生れか)。大阪市生れ。潮光、心の花、短歌作品、カメレオン、日本歌人を経て、短歌精神を主宰。
それと早崎氏の没年ですが、加藤克巳氏の平成2年の文章で、早崎氏が「戦後まもなく亡くなった」とありますが、昭和50年の文章では「過日岡松雄の葉書で、早崎夏衛がこの春亡くなったことを知った」のようなことが書かれていました。後者だと、昭和50年に早崎氏が亡くなったと読めるのですが、そうであれば戦後まもなくではないのですが、どちらが正しいのかご存知でしょうか。
 

岡松雄

 投稿者:なな  投稿日:2017年 4月28日(金)00時17分27秒
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  最近では話題にもならないモダニズムですが 調べておられる方がいるというのはこころづよいですね。いろいろお教えください。  

『精神窓』岡松雄

 投稿者:azzurro  投稿日:2017年 4月27日(木)21時24分23秒
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  こんばんは。早崎夏衛氏のことはまだ当方ではわかりませんが、岡松雄氏の出身地と生年月日がわかりまいしたので、お知らせしておきます。
岡松雄:明治41年8月12日生
    高知県幡多郡奥ノ内村
冨山房で教えて戴きました。
 

消失点

 投稿者:terra  投稿日:2017年 4月26日(水)20時01分33秒
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  しげさんが話題にされた増渕さんの歌ですが、最初なんとなく読み過ごしていました。しかし歌会で皆さんのお話をうかがっているうちにこの歌がわたくしなりにわかってきてたいへんいい作品だと思ったのです。ポイントは「消失点」にあります。消失点は遠近法の図形上は交わっていても実は無限遠点なのだと思うとき、作者は、瞑想の深まりの中で意識が永遠なるものと重なりあう、一種の陶酔のような状況にある、そういう歌ではないかと思ったのです。何万光年も離れた星の光をイメージしました。読みすぎでしょうか。  

terraさんへ

 投稿者:しげさん  投稿日:2017年 4月26日(水)02時05分39秒
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  歌会の評、ありがとうございます。
今月の歌会で、私は、
 遥かなる消失点を目指しつつ私の息は平らかに行く   増渕 英子
いいと思いました。
いつも力いっぱいのイメージですが、今回は、うまく「力が抜けて」いるような
不思議な感じが良かったと思いました。それと、「消失点」という言葉、勉強になりました。

追伸
現代短歌5月号
アイスクリーム五月の舌に溶けゆきて沈思黙考はワニのすること   寺松滋文
フーむ、すごい。

 

ひとこと追加

 投稿者:terra  投稿日:2017年 4月25日(火)10時15分42秒
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  放射能の残留期間、半減期のことなども含めて、ろくに知らないままで「放射能バリバリ」なんて言ってよかったのかとか、ヒトの自滅を7,8万年前だなんて、そんなにはもたないだろうと思ったり、気持ちだけに乗って書いたなあと反省中。中井さんの歌に感銘のあまりということでご寛恕を。  

この星に

 投稿者:terra  投稿日:2017年 4月24日(月)22時15分52秒
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  この地球に10万年ほどの時がたちました。今や地上を支配しているのは完璧な放射能耐性鱗に覆われた生物です。かれらが話しています。「もう7,8万年前まで、この地球には自分たちをホモサピエンスつまり知恵のヒトなんてよんでいた人間という生き物が進化の頂点にいたんだが、かれらは自分たちが作り出した原発の放射性廃棄物さらには核兵器戦争で自滅。ひとりもいなくなってしまったのさ。ほれこのごみの山、いまだに放射線バリバリの、これがその名残だ。「知恵のヒト」とはねぇ、よく言ったものさ」

 この星にホモサピエンス栄えたことの証として残る放射性残渣は  中井 茂

4月23日の歌会に読んだこの歌につよい感銘を受けました。で、ついそのイメージを書いてしまいました。
 

 投稿者:nana  投稿日:2017年 3月29日(水)22時48分34秒
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  洋服を離れて 意味ははっきりするけれど 理屈っぽい感じもしますね。分からせると説明、説明しないと理解してもらえない 難しいところだね。  

ボタンの歌

 投稿者:buce  投稿日:2017年 3月29日(水)11時26分9秒
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  しげさんのコメント読ませていただいていたら、「ボタン戦争」という子供の映画を思い出してしまいました(笑) 何かの役に立とうが立つまいがボタンは存在している、落ちていてもそこにある、存在意義とかそんなものには関係なく、ただ存在している、そんな風に感じられて好きです。「完結している」がひょうひょうとした雰囲気です。そしてそれを拾う人がいるというのも、救いがあるように読みました。でも確かに穴との関係は一読しただけでは難しかったです。  

むづかしー。

 投稿者:しげさん  投稿日:2017年 3月28日(火)02時04分16秒
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  ボタンの歌はわかりませんでした。
洋服のボタンホールがあって初めて、「役に立つ」ことができるものだ。ということに対して、「ボタンはボタンだけでも立派に独立(完成)している」ということですね。
「へっ ボタンなんて俺たちボタンホールがなきゃ何の役にも立たない半端もんさ」なんていじめられてるのでしょうか。普段から。でも、ボタンホールだってボタンがなければ、ただの穴ぼこなんですがね。強気に出たほうが勝ちなんでしょうか。勝ち負けじゃなくて、協力し合って共に生きるのですが、なかなかうまくいかないのは、人間路一緒ですな。弱者(権力とか権威とか持たない(嫌い)な人)の視点から歌を詠む川の原さんらしい宇都ということでしょうか。
しかし、読み解く力がない私にはむずかしいうたでした。
 

歌会

 投稿者:川の原  投稿日:2017年 3月27日(月)19時24分10秒
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  無記名の時点で、この歌よくわからないなあと中井さんが言ってましたので歌会での酷評は覚悟しておりました。なので何をおっしゃっていただいても大丈夫です。最初を「ボタン穴なくても」ではなく「服からは離れて」としてボタンボタン言わない方がいいかなあと考えています。拾ったときにボタンが独立して完成している美しさを感じたので「完結している」は譲れないかなあ、というところです。具体的なことを言う部分とイメージする把握の部分、感慨の部分を歌にどう入れるか難しいなと思いました。  

今日の歌会

 投稿者:nana  投稿日:2017年 3月26日(日)23時15分15秒
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  ボタン穴なくても丸い形して完結しているボタンを拾う っていう歌で盛り上がりました。ボタン穴が、ボタンの、糸を通す穴という読みがでて驚きでした。ボタン孔とは 服のほうにあるボタンを通す孔しか考えませんでした。「完結」も意見が割れました。私はそれより ボタン孔がなくても なくても があいまい化とおもいましたけどね。  

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