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> No.169[元記事へ]
ペリカンさんへのお返事です。
本人の自覚がないかぎり周りが何をしても意味が無い。
おっしゃる通りです。
奥様には、治療に対しての、明確な意思があるのだという事がわかり、安心しました。
私は、まだ奥様はクレプトという嗜癖が存在する事も、治療で回復することも、
まったく理解されず、収監されてしまったのだと思っておりました。
話し合わなくては、嗜癖を自覚できないのではと、感じたのです。
確かに、家族として何が出来るのか。そのとらえ方や、危機感は、私とは意見が違う
かもしれません。
でもそれは、クレプトである相手の「嗜癖に対する自覚」が違うからなのかもしれ
ません。
回復が期待出来る相手なら、話は早いです。
後は、前向きな治療に向かって、家族は寄り添い、本人の望む方向に、共に歩める
からです。
しかし、それが無い場合は本当に困ります。
奥様のお父様もそうであるように、治療は裁判の為の免罪符代わりだ位にしか思って
いない相手に、本気で回復させてあげたいと願うのは、無理でしょうか。
私も、本人に自覚が芽生えるのをじっと待っていたいのですが、でもその間に何度失敗
してしまうのでしょう。
相手に病気を理解「させる」事も、治療を受けようと決意「させる」事も、本人が
回復への道を自ら選ぶように、あきらめず周りがうながすのは、私が自分の家族を守る
上でも、とても重要ですし、必要なことだと思っています。
今回の裁判で、犯してしまった罪からなんとか逃れようと悪あがきをしている母に
対して、私は冷めています。
やってしまった事は消せません。厳粛に受け止め、じたばたせずきちんと償ってほしい。
しかし、何度裏切られても、更正できる可能性をあきらめた訳ではありません。
孤立させ、一人にして自分と向き合わせたとしても、自覚が芽生えるというよりも、
糸の切れた凧のように、収拾がつかなくなる確立の方が高い気がして、これ以上世間
様に迷惑をかけられない私には出来る選択ではありません。
じっと待つという選択も、孤立させるという選択も、私にはありません。
ペリカンさんの言うとおり、
嗜癖者が向き合う相手は、まさしく家族ではなく本人自身です。
が、家族が向き合うべき相手は、自分の身内にいる嗜癖者達だと思います。
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