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何もしないことは回復をあきらめ見捨てたわけでも、ほったらかしという意味でもありません。
僕は何もしないで待ついうことをよく考えようやく少し理解できて来ました。
わかりやすい例で話をすればアルコール依存症のことがわかりやすいですが
酒呑んでゲロはいて大暴れ、その奥さんが壊れた家財やゲロを片付けます。
翌朝当の本人は片付いているので何をしたのかよく覚えていません。
怪我をしている奥さんを見て「またやっちゃったか・・・。まあでも昨日のことはあいつが悪いんだから」
つまらないことに腹を立て大酒呑んで大暴れでも、ちょっとやりすぎたか?ぐらいにしか思っていません。
ちょくちょくそんな騒ぎがあり怪我をしている奥さんを見て周りは「もう呑むの止めたら」
と説得しますが、本人は酒での失敗だから大目に見てよぐらいにしか思っていません。
こんな事がえんえん続き家族が少しずつ崩壊していきます。
この場合の何もしないは、後片づけをしないで自分で吐いたもの、壊したものは自分で片付けろ!と言います。
呑んでいるときは話にならないから話をしないと言います。
本人が異常行動に出た場合は、奥さんをシェルターなどに匿う強行手段も必要かもしれません。
これは妻の実家の話ですが、もう少し早くこの病気に気づけば上の奥さん(つまり義母)は
もう少し長生きできたかもしれません。(まあ死因は暴力によるものではありませんが)
無念です。
何もしないことは、本人に責任を持たせ自分で後始末をさせる事で自分でやったことを確認させるのです。
クレプトの場合は、少し事情は違うのでその場面で考える必要はあるかもしれませんが根本は同じだと思います。
それから仁さんの書き込みで気になる点が(違うと思うなら無視してください)
「○○するべき」という言葉を何度かお使いになりましたが
するべきという考え方は、自分を拘束し自身を追い込みます。
またその考えを他人に求めると他人の行動にがっかりさせられたりフラストレーション
を感じることが多くなり人間関係も不安定になりやすい
と、認知行動療法の本で読んだことがあります。
僕がそうだったので少し気になりました。
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